八幡市最古の寺 神應寺(じんのうじ)

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神應寺は、貞観2年(860)に「行教律師」が開創した八幡市一番の古刹であって、当初は「應神寺」と称されたが「應神天皇」の号に憚って「神應寺」に改められ、同じ貞観2年には「行教律師」が應神天皇の霊を祀るために「石清水八幡宮」を創建されたと伝えられています。創建当時は、異宗派の教義を学ぶ(四宗兼学)の道場で、室町時代の後期に「曹洞宗」の寺院となり、現在の「神應寺」では、豊臣家の太閤「桐」と徳川家の「三つ葉葵」の家紋が本堂幕などに用いられています。(写真:神應寺・本堂幕)

▲ 絲杉山(しすぎさん)神應寺の山門 曹洞宗

▲ 絲杉山(しすぎさん)神應寺の山門 曹洞宗

山門を潜り石段をひたすら上ること125段、更に右手石段(35段)を上った先に本堂が見えます。本堂には、本尊「薬師如来像」や「行教律師座像」(重文)、「豊臣秀吉の衣冠束帯の像」などが安置されていて、神應寺で執り行う「施食会」(お施餓鬼)や「紅葉まつり」などの行事では、多くの参拝者で賑わいます。本堂左手の墓地には、江戸時代の豪商「淀屋辰五郎」や、日本の飛行機の父で「飛行神社」を創建した「二宮忠八」の墓などがあります。

杉山谷不動尊 神應寺の奥の院

▲ 杉山谷不動尊

▲ 杉山谷不動尊

神應寺への長い石段を上り、さらに奥に進んだ先に「谷不動」とも言われ「厄除け不動」として信仰される「杉山谷不動尊」があって、本堂には「悪魔降伏の不動明王」(秘仏)が座していて、両脇に善悪を掌る「矜羯羅」(こんがら)と「制多迦」(せいたか)の2童子が控えていると記されております。不動堂の横(写真左下方)を流れる谷川には「霊泉瀧」(ひきめの瀧)があり、瀧水は長い石段と並行して流れ、「山門」前の水路へと流入しています。

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